〜『ナショナルジオグラフィック』2002年1月号に掲載されました〜


モイヤー先生の教え子たち
#29 神田 優(黒潮実感センター設立委員会事務局長・高知大学非常勤講師/35歳)

「高知県の柏島を、里山ならぬ里海にしたいんです。」

 高知県西南端にある大月町・柏島。四国本土と橋でつながった周囲4kmのこの島は、黒潮と豊後水道の影響で豊かな自然に恵まれている。神田優さんは、この柏島に「黒潮実感センター」をつくろうとしている。
「柏島の自然をそのまま生かした体験型フィールドミュージアムをつくろうと考えています。島全体が博物館という構想で、島の自然、海の生き物はもちろんのこと、そこに住む人たちの生活もセンターの一部になればと思っています」
 神田さんは、夢を実現するため、97年、高知市内から島に移り住んだ。地元に根差した活動をしたいと考えてのことだ。
 柏島は以前、高知大学・海洋センターの支所が建設される予定になっていた。その計画が持ちあがっていたとき、学生時代から柏島に通い詰めていた神田さんは、その支所で海洋生物の研究活動を行いたいと考えていた。だが、大学の再編があり、計画は中止。けれど、神田さんは、海洋生物の研究拠点から更にフィールドミュージアム構想に発展させ、97年に個人で「黒潮実感センター設立委員会」を立ち上げた。
「高知大学1回生のとき、はじめて柏島にダイビングに来ました。そのとき、いい意味でここの海に裏切られたんです。高知県の海は温帯の海なので、おいしそうな魚がいるというのが普通です。それが、柏島の海にはおいしそうな魚だけでなく、トロピカルな魚がいた。そして、魚が擦れていないので至近距離から観察できる。それですっかり柏島にとりつかれてしまったんです」
 大学院では海洋生物を研究するフィールドとして柏島を選び、半年間、島に住みながら研究をつづけた。
「島の人がとてもいい人たちで。研究が忙しくて海に行きっぱなしになると飼っている犬の散歩をしてくれたり、食べ物をもってきてくれたり。とても人情のあつい所です」
 現在、神田さんの活動は、環境教育のサポートから環境保全活動、地域振興など、幅広い分野にまたがっている。大学の力を借りず(大学の恩師からは個人的なサポートを受けてはいるが)、個人で始めたため、資金を自分たちで捻り出さなければならない。
「町から委託を受けた仕事で得た収入を活動費に当てています。しかし、活動資金は決して潤沢とは言えない状況です。環境保全や環境教育というのは費用対効果から考えれば、すぐに成果が表れにくい。けれど長い目で見ると必ず成果は上がってくる。そんな思いに共感し、サポートしてくれる。スポンサーやサポーターを求めています。そして、地域に根差した活動が目標なので、地元の人に還元できる活動にしています」
 そのひとつが、2〜3カ月に1度、行う海洋セミナーだ。地元の人やこどもたち、柏島を訪れるダイバーなどを対象にセミナーを無料で開催している。
「多いときは100人以上、平均すると50〜60人は集まってくれますね。こどもたちが1番前にすわってノートをとっている姿を見るとうれしくなります」
 モイヤー先生との出会いもこの海洋セミナーでのことだ。
 神田さんは、一時期、東京大学海洋研究所に在籍していた。そのときの指導官がモイヤー先生と旧知の間柄でもあったことから、海洋セミナーの講師をモイヤー先生に依頼した。
「第一印象は、温和な人という感じでした。だけど、いっしょに過ごして、先生の行動力に驚きました。また、こどもたちとの活動に力を入れて後継者を育てようとしているところにも共感します」
 現在「黒潮実感センター設立委員会」は、常駐のスタッフ2人と50人のボランティアと400人の賛同者の人たちに支えられている。
来春、新しいスタートを切るためNPOとして立ち上げる予定だ。
「里山という言葉がありますが、柏島を里海にしたいんです。自然と地元の人、ダイビングで来る人、その人たちがうまく共存している、それが里海です。今年、地元の名産を売る里海市という市を開催しました。地元の人と島にやって来るダイバーとの会話がそこで生まれました。柏島の豊かさや自然の大切さを伝え、人と自然、他地域からの人と地元の人が共存できるミュージアムのモデルができたらと思います」