山と渓谷社・刊
98年6月発売
2800円(税別)

 時が経つのは早いもので、父島で暮らし始めて12年になります。
 イルカやクジラそして海が好きで移り住んだ当初は、独立してダイビングショップを持つことを夢見ながら、インストラクターとして働いていました。その後、自分でも予想もしなかったことですが、カメラマンとして仕事を始めることになり、多くの皆様のお力添えをいただきながら、幸運にも現在までやってきています。
 イルカやクジラが好きなだけで安易に始めた撮影活動は驚きの連続でした。スクーバダイビングで見る海の中のことしか知らなかった私は、海洋島・小笠原の成り立ちや固有生物たちが作っている生態系のことなど何ひとつ知らなかったのです。今にして思えば、“撮影”とは自然や生物のことを知らなかった都会育ちの私が、自然のことそして自分自身が生かされている地球のことを、体験的に学んでいく“学校”のようなものだったと思います。
 そして不思議なことに海の上や無人島で思いを馳せるのは、自然や生物のことではなく、今の社会の仕組みや人の歴史、人の心や魂のこと、そして人類が21世紀に迎える未来のことばかりです。たぶん東京から1000km、船で28時間という距離は、現代社会のことを知るのにちょうどよいものだったような気がしています。
 本コーナーでは写真集に掲載しなかったものを含めて、小笠原で撮影した自然や生物の写真をご覧いただきたいと思います。海や自然を通して、私たちの社会や地球の未来のことに、少しでも思いを巡らせていただければ……。     (宇津 孝)