"引き揚げ"のお知らせ

 今、伊豆七島の御蔵島にいます。
 7月上旬の御蔵島では、梅雨明けを目前に強い南西の風が吹きます。これを島では「たけのこながし」と言います。これは島の最高峰・御山でタケノコが採れる季節に吹く強い南西の風(ながし)という意味です。

 さて、個人的な話になりますが、今年3月に小笠原から引き揚げました。
 大学生だった86年に父島に移住して以来、ずっと"小笠原在住"にこだわってきたので、今回の"引き揚げ"は私としては一大決心でした。
 おがさわら丸が父島を出港する3/5はどしゃ降りの大雨。叩きつけるように降る雨の中を、大切な友人たちがいつまでも手を振り見送ってくれたあの光景は、今も私の心に鮮明に焼き付いています。
 人生には"たとえようもなく美しい風景"があるんですね。
 自然の中で出会ったどんな風景よりも、忘れられない眺めです。思い出すだけでいつでも心が暖かくなる記憶があるということは、とても素晴らしいことだと知りました。
 思えば、ダイビングガイド兼漁師として、その後はカメラマンとして、10年以上も小笠原の自然を"仕事場"としてきました。
 振り返ると、数々の出来事が鮮やかによみがえります。
 KAIZINの山田捷夫さんとケータ(聟島列島)をイセエビ漁で泳ぎ回ったこと。
ザトウクジラの母親に胸ビレで小突かれたこと。
 マッコウクジラに迫られ、ボートに逃げ上がったこと。
 夜の海中を赤く満たしたサンゴの産卵。
 数え切れないほどの美しい夜明け…。
 いろいろな生物たちと自然の中で過ごす時間は、たくさんのことを私に教えてくれました。その多くは生物の生態などよりも、人間に関してのことだったような気がします。撮影のために費やす膨大な"待ち時間"は、今の社会のしくみや人が生きることの意味、人と自然との関わり、人の心や魂のことなどを自分なりに考え、答えを出すための絶好の時間だったのでしょう。
 こうした時間を通して、現代社会の行く先が私なりにはっきりと見えたような気がしています。

  今は12月までの予定で、御蔵島での取材を続けています。
 来年以降は"自然とのより深い関わり"を自分の生き方として追求するために、自給生活の勉強をしようと思っています。

 これまでの私の仕事と生活は、小笠原の自然の恵みと、そして何よりも多くの方々のご厚意の賜物と心より感謝しています。
 小笠原での私の活動を応援して下さった皆様、本当にありがとうございました。

 99年7月吉日                                 宇津 孝

PS.
 小笠原在住ではなくなりましたが、このボニンアイランド通信はしばらく続けていきたいと思っています。
 また近日中に、御蔵島の連載も始めたいと思っています。
 今後ともよろしくお願いいたします。