スピナー・ドルフィン

イルカ  真夏、7月の小笠原は海が1 年で最も穏やかになる季節だ。
 南風が完全に止まり、わずかなさざ波さえもなくなった朝、僕は目が覚めた瞬間から落ち着きなくソワソワとしてしまう。
 この時期でも“湖のようなベタ凪”になることはあまりなく、そんな日でないと撮れない写真があるからだ。

 鏡のような静かな水面にまっ白な雲が反射して浮かび上がるなかを、僕の小さなボートは滑るように走る。
 遠く沖の方に小さな水しぶきが上がった。
 ハシナガイルカだ。
 しばらくボートを走らせてからエンジンを停止させると、不思議なほど静かな空間が広がった。僕はイルカの姿を探すのを止めて、のんびり待ってみることにした。
 すると“プシュッ! プシュッ!”とイルカたちの呼吸音が聞こえてきた。200頭以上はいるだろう。ひっきりなしに浮上するイルカたちが水を切る音も混じって“プシュップシュッ! バシャバシャッバシャ! プシュバシャッ!”と、とてもにぎやかだ。

 風のない穏やかな海で聞くイルカやクジラの呼吸音は、とても心地好い。クジラの激しいブリーチングやイルカの軽快なジャンプを見て興奮するのもいいけれど、エンジンを停止させてのんびりと眺める方が僕にとっては遥かに楽しい。
 彼らの“息づかい”を感じながら、イルカ・クジラ的な時間に身を任せる。これがドルフィン&ホエール・ウオッチングの醍醐味なのだと思う。

 ひとしきり息つぎを終えて、ハシナガイルカの群れが深い水中に潜っていくと、再び静寂な時間の流れが戻ってきた。
 とても不思議な感じだ。
 この静かな空間の下で、200頭ものイルカが泳ぎ回っているなんて想像しづらい。まるで異次元の出来事のようだ。
 そんなことを漠然と考えているうちに、また“プシュッバシャッ!”とイルカが浮上してきた。