小笠原に流れる時間〜進化の時間 その3

 僕は夜が明けていくのを眺めるのが大好きである。
 早朝の島の眺めも格別だ。
 すべてのものが琥珀色の光に照らし出される世界。
 小笠原の島々を眺めるとき、そこにはゆっくりと流れてきた“進化の 時間”だけでなく、“もうひとつの時間”が作り出す風景が見えてくる 。
 それは、小笠原に最近移住してきた“新島民としての生物たち”がもたらしたものである。

 小笠原諸島は別名“ボニン・アイランド”と呼ばれている。
 これは170年前まで小笠原が“ぶにんしま(無人島)”と呼ばれていたのが、訛って伝わったと言われている。
 170年前の小笠原に初めての人間として移り住んだのは、欧米系とハワイ系の人たちだった。その後、わずか一世紀半の間に、小笠原諸 島は欧米系島民による開拓、日本人による乱墾、太平洋戦争の敗戦、米軍の統治、そして日本への返還という“激動の歴史“を歩んできた。
 そのため、一見“手つかず”に見える小笠原にも、原生の自然はわずかにしか残されていない。

 “海洋島”である小笠原に生息しているのは、何らかの方法で大海原を渡ることができた生物だけである。そのため小笠原には生物の種数が少ない。つまり“多様ではない”のである。生存競争も大陸に比べると 激しくないため、小笠原固有の生物は競争力の弱い“温室育ち”になってしまった。
 そのため小笠原には、生態的な“隙間”が残されているようだ。そこに人間が連れてきた移入生物が入り込み、運良く適応できたものは爆発的な繁殖をする。競争力の強い外来生物に、“温室育ち”の小笠原の生き物たちは急激に生息域を奪われつつあるのだ。
 あちこちの島々ではアカギやモクマオウなど移入植物の林が広がり、 森の中には外来種のアノールトカゲが這いまわる。
 そして梅雨明けの風のない日没後には、信じられないような光景が繰り広げられる。シロアリの凄まじい大群が音もなく現れ、街灯の下を吹 雪のように乱舞するのである。

 新たな生物が入り大繁殖をするということは、海洋島・小笠原の長い歴史の中では、たぶん何度となく繰り返されてきたことだろう。
 小笠原のように少ない種数で作られる海洋島の生態系は、きっと基本的に不安定なのだろう。常に新たな調和を求めて、大きな変化をし続けているのかもしれない。
 小笠原の風景には、多様性を欠いた生態系の脆さが見えてくる。
 その“脆さ”は、21世紀の僕たちの未来を不気味に暗示しているように思えてくるのである。