第1回 「イルカは玉石? 92御蔵 その1」

「イルカなんて玉石みてえなもんだ」
 92年6月、“イルカに会える”という噂を聞き、初めて御蔵島を訪ねた僕は、島の人たちから何度もこの言葉を聞いた。
 そもそも御蔵島には上陸するだけでも大変だった。その当時、観光客などまったくいなかったため、宿泊施設はどこもやっていなかったのだ。村役場に問い合わせても「無理です」の門前払い。しつこく何度か電話をして、やっと漁協組合長の栗本道雄さんを紹介して貰い、何とか民家に泊めて貰えることになった。
 初めて桟橋に降り立ったとき、その風景が作り出す独特な雰囲気に圧倒された。
 切り立った絶壁がいきなり目の前に立ちはだかっていたのである。
 まるで、よそ者を拒んでいるかのような威圧感を感じた。
 港の両側には島民が玉石(たまいし)と呼ぶ丸い石が積み重なる海岸がほんのわずかにあるだけで、すぐに垂直な断崖になる。崖の上もかなりの斜面で、そのまま島の最高峰 ・御山に連なっているのだ。
 島と言うよりは、海からそびえ立つ険しい山という印象だった。
 島の人が暮らす集落は崖の上にあった。平地はどこにもなく、急な斜面に民家が肩を寄せ合うように並んでいる。村の中には昔ながらの玉石を積んだ階段があちこちで見られ、籠を担いだおばあさんが歩いていた。
 都会とはまったく異なる時間が流れている。
 10数年前、学生の頃に行った沖縄の離島を思い出し、何とも言えない懐かしさを感じた。
 きっと昔の田舎は、たいてい同じような雰囲気があったに違いない。東京にこんな雰囲気の村が残されているとは意外だった。

 人口わずか260人という小さな村に、滅多に見ない“よそ者”が入り込んできたのだ。僕たちのことはすぐに村中で話題になっていたようだ。出会う人たちは皆、僕たちが イルカを見に来たことを知っている。あとから聞いたのだが、当時は僕は「イルカ男」と呼ばれていたらしい。
 「お前ら、わざわざイルカを見に来たんだって。物好きな人がいるもんだな」
 「あげなもん見て、なして楽しんだ? 都会にゃもっと面白れえもんがあるだろう」
 「あげなもんは、玉石みてえなもんだ」
 買い物に行くと、こんな言葉をかけられた。
 どうやらこの島では、イルカは人気がないらしい。
 漁業の邪魔者として“悪者扱い”されているのだろうか?
 明日からの撮影を前に、僕は少し不安になった。