"イルカは玉石"その後(93御蔵)〜その5 夏の終わりに

 御蔵島のイルカたちが、人間を怖れずに近寄ってくるようになったことは、とても嬉しかったし、観察や撮影もますます楽しくなった。
 しかし僕の脳裏には同時に悪い予感があった。
 すでに小笠原は「イルカと泳げる」とメディアで派手に紹介され、大勢の人が訪れるようになっていた。ひとつの群れに数隻ものボートが集るような状況も、しばしば起きていた。
 イルカの場合、ホエールウォッチングと異なり、"一緒に泳ぐのが当たり前"という「ドルフィン・スイム」としての流れがすでに定着しつつあった。どのボートも群れを発見すると、イルカの状態つまり「イルカが何をしているか?」には関係なく、とりあえずは水中でのアプローチを試みるようなやり方になっていた。
 離れたところから眺めるホエールウォッチングような方法よりも、「ドルフィン・スイム」はイルカの生活への影響は遙かに大きいだろう。
 これだけ近寄ってくるようになった御蔵のイルカを、「イルカブーム」が始まりつつある世間が放っておく訳がない。すでにダイビングショップなどが、派手に宣伝を始めていると言う噂も聞こえてきていた。
 小さな御蔵島の周りでのウォッチング&スイムを、イルカの生活を脅かさないようにやるためには、ボートは数隻が限度だろうと僕には思われた。
 しかし、93年夏の時点で「来年から大勢の人がイルカに会いに御蔵の海にやってくるだろう」という展開は、すでに予想されていた。
 夏の観察を終え、御蔵島を去るとき、僕は充実感とともに不安とが入り交じった複雑な感情を胸に、島を後にした。

追記1
 99年まで御蔵島で8年間イルカの観察をしてきましたが、「ウォッチング&スイムのボートは数隻が適当だろう」という僕の考えは、今も変わりません。94年以降、夏休みや週末には1日に30〜40隻ものボートが、御蔵の海でウォッチング&スイムをやっています。

追記2
 この年に撮影した写真を後から確認したところ、写っているのはやはり若いイルカばかりで、それも同じイルカが何度も登場していました。
93年に若いイルカだったオスの何頭かはすでに大人になり、御蔵島から旅立ち、本州にいることが確認されています。また若いメスだったイルカたちも、この2〜3年の間に出産をして母親になり、今も御蔵の海で子育てをしています。

追記3
 御蔵島の島民とイルカの"なんでもない関係"は、都会育ちの僕にとってとても興味深い話です。イルカと泳ぎに御蔵島を訪ねる方は、島の人が「イルカをどう思っているか」など昔話を、ぜひ聞いてみて下さい。
 道雄さんが子供の頃に水中でイルカと出会った話は、すごく面白いので、お楽しみに。
(民宿 鉄砲場(てっぽうば)栗本道雄 TEL 04994-8-2209)