カツオドリの島その4 カツオドリの森 12月

 小さな尾根を越えると、急な斜面に出た。
 急に視界が広がったような不思議な感じがした。
 森の印象がそれまでとまったく違うのである。
 スダジイやタブ、ヤブツバキなど森を構成する樹木は変わらないのだが、ササや下草などがほとんど生えていない。落ち葉も少ししかなく赤茶色の地面がむき出しになっている。まるで手入れの行き届いた雑木林のように、つまり刈り取られたように、林床がすっきりしているのだ。草や藪をかき分けたりする必要がないので歩きやすいし、見た目にもやさしい感じがする。
 突然、ズボっと地面を踏み抜いた。
 ふくらはぎまで土に埋まった。まるで落とし穴にはまったみたいだ。
 数歩登るとまた踏み抜いた。
 オオミズナギドリの巣穴だ。
 この森はオオミズナギドリの一大繁殖地なのだ。

 12月、道雄さんの案内で川口の谷まで歩きに来た。
 川口とは島の南側にある御蔵最大の谷である。島の最高峰・御山(851m)から海まで、ちょうど島の半径がそのまま深い谷になっている。伊豆七島のひとつ・利島がすっぽりと入ってしまうほどの大きさだ。川口には島で一番大きな川が流れていて(川というよりは沢や渓流という印象だが)、最後は滝となり太平洋へと注いでいる。谷の両側は急峻な斜面。島の人の案内なしではとても行けるようなところではない。
 この日は沢づたいに下って滝の落ち込みまで行き、帰りは東側の急斜面を一気に登り始めた。

 ズボッっと地面を何度も踏み抜きながら、僕たちは急な斜面を登り続けた。
 不思議な森である。
 斜面を上から見下ろすと、まるで手入れをした雑木林。
 斜面を下から見上げると、地面は穴だらけ。そこら中にオオミズナギドリの巣穴が見える。
 しばらく登っても、同じような森の風景が続いた。
「カツオドリが歩き回るから草も生えないんだ」と道雄さん。
 たしかに、こんなたくさんの巣があるということは、日没後や夜明け前にはもの凄い数のオオミズナギドリが歩き回っているだろう。きっとこの森は「ピーウィー」「ウォーアー」と夜通し騒々しいに違いない。
 今回、12月を選んだのも理由がある。6月から11月には卵を抱いた親鳥や雛が巣穴にいて、踏みつぶしてしまうかもしれないからだ。
 根っこが骸骨のようにむき出しになっている木があちこちに立っている。
 オオミズナギドリに根元を何度も掘られ、土が流れ出してしまったのだ。
 巣穴の深さは2〜3m。巣は木の根元に集中している。こんなにたくさん穴を掘られてしまうと、この森の土壌流失はかなり激しいだろう。
 そう言えば、この森にはあまり大きな木が生えていない。
 これほど巨木の少ない森はこの島ではかえって珍しいかもしれない。御蔵の森を少し歩くと、たいていスダジイの巨樹に出会う。川口は村から遠いので、ほとんど伐採をしていない原生林のはずである。それなのに巨木が少ないとは意外だった。
 根元を幾重にも掘られた樹木は強風に根を起こされ簡単に倒れてしまったり、穴だらけの斜面は地滑りを発生しやすかったりするのだろう。
 この森はきっと更新サイクルが早く、大木が育てないのだろう。
 この急な斜面もオオミズナギドリと豊富な雨が作り出したのかもしれない。

 オオミズナギドリは海の栄養を糞というかたちにして森へと運んでいる。
 御蔵の巨樹の森はきっとオオミズナギドリが育ててきたのだろう。
 この鳥は同時に土壌を激しく浸食し、森の更新サイクルを短くしている。
 島を、自分たちが巣を作りやすい急な斜面へと、変化させているのかもしれない。
 断崖絶壁に囲まれ神秘的にも見える御蔵島の独特な地形。
 それはオオミズナギドリと森そして黒潮などが関係し合いながら、長い年月をかけて作り上げてきたのだろう。

追記1
 オオミズナギドリが保護鳥に指定された後も、村では許可をとり捕獲を続けていました。これは70年代まで続きました。
 しかし自然保護団体などから非難され、食料としての捕獲は禁止されました。(当時、島民とカツオドリの"昔からの関係"はほとんど理解されずに、「保護鳥を食べている」ということだけが一方的に伝えられたそうです)
 現在は"害鳥駆除として"許可をとり、年に一度だけ捕獲をしています。
 オオミズナギドリが保護鳥に指定される遥か昔から、御蔵には島の掟があり、乱獲をしないよう「資源管理」をしていました。
 法律で外から規定するのではなく、今も"島の掟"にゆだねる方が、自然と人との関係を本当の意味で保てるのではないだろうか? そんな風に僕には思われます。

追記2
 オオミズナギドリの鳴き声には高い声と低い声があります。
 島の人によると高い方はオス、低い方はメスだそうです。
 鳴き声を言葉にすると人それぞれに表現の仕方は異なりますが、高い方の声は島の人には「キンコー」と聞こえるそうです。

追記3
 道雄さんから聞く「生かし鳥」の話はとっても面白いです。
 御蔵島に行ったら、ぜひ聞かせて貰いましょう。
(民宿 鉄砲場 TEL 04994−8−2209)