第2回 「イルカは玉石? 92御蔵 その2」

 翌日、道雄さんが操船するボートで海へと出かけた。
 海の上から見る御蔵島は、やはり重厚な存在感があった。島中が切り立った絶壁に囲まれている。僕はイルカのことも忘れて、眺めに夢中になった。
 高さ480mもある海蝕崖。海へと流れ落ちる幾筋もの滝。磯にぶつかって渦巻く黒潮の急流。何千羽もの巨大な“鳥山”を作るオオミズナギドリの群れ。
「イルカだ! あそこ! 岸のすぐ近く!」
 崖のすぐ下を泳ぐバンドウイルカの群れを発見した。
 僕は小笠原で何年間もイルカを見てきたが、波打ち際すれすれを波乗りしながら泳いでいくイルカの群れなど、一度も見たことがなかった。
「たくさんいるなー。岸のすごい近くを泳いでるねー」などと興奮する僕たちを尻目に、道雄さんは“当たり前”って感じで平然としている。
 そのうち道雄さんは「ほかの群れも見に行くぞ」と言ってボートを進めた。
「ほかの群れ?」
 小笠原の場合、一日中探し回って、イルカに会えるのは1〜2回。会えない日すらある。
 本当に別の群れに会えるのだろうか?
 半信半疑でいると、わずか数分で別の群れに出会った。この群れも岸近くを泳いでいる。
 今度は水中に入ってみることにした。
 ボートから静かにエントリーすると、すぐに「ピィーピィー」というホイッスル音が聞こえる。
 透明度は10mほど。かなり近くにいるようだ。
 そのうち僕のことに気が付いたのだろうか。イルカたちが「何だろう」という様子でこちらを伺いに現れた。
 6頭のイルカが僕の方を見ながら、7〜8m先までやって来て泳ぎ回っている。
 やはり今まで人間をほとんど見たことがないのだろうか?
 こちらをしきりに気にしながら「ジジジジ」とクリックスを発していたが、それ以上近付いて来ることはなく、そのうちピューと泳ぎ去ってしまった。
 こちらに興味はあるのだが、警戒して近寄って来ないのは、数年前までの小笠原のイルカに似ていた。
 遠かったので良い写真は撮れなかったが、それでも僕は御蔵のイルカたちに初めて水中で出会い満足だった。
 結局、この日は水中でイルカに出会ったのは1回だけだったが、その後、島を一周する間に、幾つものイルカの群れに出会った。どの群れも岸から近いところを、海岸と並行に泳いでいた。
 荒々しく切り立った絶壁を背景に泳いでいるイルカの群れ。
 それは、まるで人知れず隠されていた宝物のようだった。