「回し網」その1

 御蔵島では初夏から真夏にかけて「回し網」という伝統的な漁が行われる。
 回し網には大網と小網の2種類がある。小網は数人〜10人ほどで、大網は最低15人、たいていは20人前後で行う。
 小網で狙うのは、浅いところに群れている小魚。小さなムツやタカベ、キビナゴなど。
 大網で狙うのは、島の人たちが"大タカベ"と呼ぶ20pほどのタカベである。

 ちなみに、タカベとは本州から伊豆七島にかけて捕れる魚で、塩焼きにするととてもうまい。サンマよりもはるかに上品な味で脂ものっている。サンマやイワシのように大量に捕れる魚ではないので、値段も高く、魚屋でもたまにしか見かけない。
 夏、御蔵の海を泳いで見る魚と言ったら、やはりタカベである。あちこちで大群を見かける。当然、御蔵では夏の食卓にタカベは欠かせないものなのである。

 僕は、93年から毎年夏の1〜2ヶ月を御蔵島に通っていながら、回し網には一度も参加したことがなかった。イルカの調査に参加していたため、いつも"軟禁状態"で個体識別ビデオとにらめっこをしていたのである。
 僕は、どうしても回し網に参加したくて、何人もの島民に話を聞いた。
「回し網はよぅ、大勢で大騒ぎしながらやるのがいいんだ。お祭りみたいなもんだよ」
「"船頭"が何人もいるから大変だよ。あっちで大声でどなる。こっちからはガマレる(おこられる)。それも正反対の指示が来たりするんだぞ。何をやってもガマレるから、ほどほど適当にやればいいんだ」
「回し網はいつ始まるか分かんねえだろ。そこが面白いんだ。とくに始まる直前の雰囲気がいいんだ。やりそうな日は、港に自然と人が集まってくる。"やるぞっ"っていう緊張感が走ったと思ったら、誰かががすぐに動き出す。誰がリーダーでもなく、はっきりとした役割分担を決めるでもなく、いつの間にか始まるんだ」
「今じゃ、たまにしかやらないから段取りもいい加減なんだ。それでも最後には何とかなってしまうんだ」
「回し網は村の皆の共同の漁だからいいんだ。誰でも参加できて、参加した者は平等に分け前を持っていくんだ。魚の山を作って本当に山分けをするんだ」
 ワクワクするような話ばかりである。
 どの人に聞いても面白い話というのは、そうそうあるものではない。
 回し網に参加し、山分けを見たい。
 これは、いつの間にか僕の目標になっていた。