"イルカは玉石"その後(93御蔵)〜その3

 観察を始めてから10日程経ったある日、思いがけない出来事があった。
 7頭のイルカが突然猛スピードで近寄ってきたのだ。
 若いイルカの群れだ。
 イルカたちはまるで頭を振るようにしながら素早く泳ぎ、僕の周りを回る。
ぐるぐると円を描くように何周か回ると、イルカはピューと僕の視界から泳ぎ去ってしまった。
 あっと言う間の出来事だった。
 とりあえず僕もイルカに合わせてくるくる回りながら夢中でシャッターを切ったが、あまりにも突然のことだったのでタイミングは思いっきりずれてしまい、写真の出来はあてにはならない。
「もっと落ち着いて撮れば良かった」と後悔しながら、しばらく僕は呆然と水面に浮かんでいた。
 すると、イルカは戻ってきた。
 さっきと同じイルカだ。
 やはりすごいスピードで泳ぎながら、僕の周りをぐるぐると回る。
 その後、イルカの群れは泳ぎ去っては何度も戻ってきて、僕の周りを何回も回っていった。
 イルカたちが最後に泳ぎ去ったとき、いつの間にか2時間が経っていた。
 どうしてイルカは突然近寄ってきたのだろう。
 それまでは水中に観察に入っても、イルカは10m以上離れたところから遠巻きにこちらを伺っているだけで、近寄っては来なかった。小笠原のイルカと比べても、あまり"人慣れ"していないという印象だった。
 僕は「イルカが人間に近寄ってくること」を、必ずしも"遊んでいる"とは思っていない。しかしこのときの若いイルカの群れは、やはり僕に興味を持って好奇心で近寄ってきていたのだと思う。
 今思えば、イルカも僕もお互いにとって"珍しい遭遇"だったので、どちらも興奮しながら相手を観察をしていたような気がする。若いイルカたちの泳ぎ方も、まるで子供の集団がワイワイ騒いでいるような様子だった。

 この日以降、イルカが近付いてくることが多くなった。
 たいてい数頭〜10頭程の群れが、やはり少し緊張しているのだろう、素早く泳ぎながら近寄ってくる。
 当時はまだ個体の識別を始めていなかったので、観察をしているときには同じイルカかどうか判断できなかったが、やって来るのは同じような若いイルカばかりだった。
 一方、ボート上からは、子供連れのイルカを毎日観察していた。生まれて間もない数10pほどの小さな仔イルカも、母イルカと寄り添うように泳いでいる。1〜2歳と思われる親の体長2/3程の子供イルカもたくさん観察できた。
 しかし親子連れのイルカに、水の中で会うことはなかった。やはり子連れのイルカたちは、警戒して近寄ってこないのかしれない。
 また、ボート上からの観察では、背ビレの形からイルカを個体識別できることに気が付いた。とくに特徴の分かりやすいイルカが何頭もいる。背ビレの前側に大きな"欠け"があるイルカを「マエカケ」、まるでサメのような三角形の背ビレを持つイルカを「サンカク」と呼ぶようになった。「マエカケ」や「サンカク」には、水中で出会うことはなかったが、船上からの観察では毎日のように見かけた。この2頭とも子連れイルカの群れにいることが多いようだった。