オオミズナギドリは細長い両翼を伸ばしグライダーのように滑翔する。しかし森の中ではほとんど飛ぶことができない。木をよけることができずに激突してしまうからだ。そのため夜明け前に海へと出るときには、木によじ登ってから飛び立っていくのである。
 オオミズナギドリが"離陸"に利用する木はたいてい決まっている。とくにたくさんの鳥が登る木は、昼間見ても一目でそれと分かる。斜面に傾いで生えている大木で、幹の上側には泥や引っ掻きキズがたくさん付き磨いたようにつるつるになっているのである。

 森の中はますますにぎやかになってきた。
 そこら中で「ピーウィー」「ウォーアー」とけたたましい鳴き声が響いている。
 あちこちの穴からオオミズナギドリが出てきた。
 この暗い森の中でよく目が見えるものだ。ときおり方向を確認しながらも"飛び立ちの木"スダジイを目指して歩いていく。
 かすかに明かりを照らして見てみると、スダジイの周りには鳥が何羽も集まりすでに"順番待ち"になっている。行列に並ぶように次々と幹を登っていく。
 そのときだ。何かが僕の足を突っついた。
 オオミズナギドリだ。
 僕は巣穴の出口に座っていたのだ。
「ゴメンゴメン」と恐縮しながら慌てて立ち上がった。
 すると、今度は背中に何かがぶつかった。
 バサッとオオミズナギドリが地面に落ちる。
 どうやらこの鳥は離陸に失敗して、森の中へと墜落してきたらしい。
 よく観察していると、オオミズナギドリはかなりそそっかしいようだ。飛び立ちの木を間違えて、とても登れそうにない細い木を無理矢理登ろうとジタバタしたり、幹の途中から慌てて飛び立ち、他の木に激突して地面に墜落したりする鳥も多い。
 その後も、僕の背中には何回も鳥がぶつかった。今までいろいろな撮影をしてきたが、こんな濃い「お付き合い」をした被写体は初めてである。
 そんな訳で、夜明け前の森の中は「ピー」「ガー」「バタバタ」「ガサガサ」ととても騒々しい世界が繰り広げられていた。
 東の空がわずかに白んでくる頃、ほとんどの鳥はすでに海へと出たのだろうか、鳴き声は聞こえなくなり、木を登る鳥もいなくなった。
 僕は森の中から夜明けを眺めることにした。
 朝の森もなかなかいい。
 生い茂る木々がシルエットになり、まるで版画の世界である。
 夜が明け、野鳥のさえずりが聞こえてきた。夜の世界が昼へと変わるときだ。
 そのときである。
 1羽のオオミズナギドリがおそるおそる穴から出てきた。
 すでに天敵であるカラスも目覚め「カーカー」と鳴き声も聞こえている。
 そのオオミズナギドリはまわりの明るさにびっくりしたのか、それともカラスの鳴き声に慌てたのか、大急ぎでスダジイのところまで行きバタバタと幹を登り始めた。しかしよほど気が動転していたのか、登りきる前に飛び立ってしまい、他の木に激突して斜面をバサバサと下の方へ落ちてしまった。
 どこの世界にも"寝坊助"や"慌て者"はいるらしい。
 その鳥は、カラスの鳴き声に生きた心地もしない心境だったのだろうが、その慌て振りに僕は思わず笑ってしまった。